土木工学とは、みなさんの生活の舞台をつくるための学問です。
落ちない安全な橋をつくるのは土木のハード面での課題ですが、
これを、より美しく使いやすい橋にしようと考えるのが、景観工
学の分野になります。
景観工学には大きく二つの分野があります。一つは今お話しした
構造物をより美しく使いやすくするデザインの分野。もう一つは、
構造物単体ではなく、広い視点で居心地のよい街づくりを考える
プランニングの分野です。今日は、近代西欧で大流行したヴィス
タ設計を例に、このプランニングの分野の一端を紹介しましょう。
ヴィスタ設計とは、パリのシャンゼリゼ大通りのように、直線街
路の正面に凱旋門という象徴物をつくり、その両側に並木や建物
を左右対称に並べることによって、街路の印象を強める様式です。
明治維新後、日本は大量の近代西洋文明を取り入れてきましたが、
街づくりも例外ではなく、ヴィスタ設計も取り入れられました。
しかし、日本では不思議なことに、完全には真似をしていない。
西欧のヴィスタ設計が建物を堂々と見せているのに対し、日本で
は象徴物を軽視して立派な並木だけつくったり、建物の前に木を
植えたりしています。単に真似が下手だったとは思えません。な
ぜこのようにアレンジされたのか?考えられる理由は二つほどあ
ります。
人は自分の居場所がわからないと言うのはひどく不安なものです。
だから、街をつくる時には、自分の居場所を確認する拠り所が必
要なのです。西欧では、地形が非常に単調な上、異民族の進入と
いう脅威もありましたから、街の周りを壁で囲い、教会などの塔
を真ん中に据えて、街のイメージを形成してきました。ところが、
日本の場合そんな人工物に頼らなくとも、周りの景色を見れば、
あの山がこう見えるところという風に、自分の居場所がわかった。
それが、街の個性にもなっていた訳です。
さらに、日本と西欧では象徴物の扱い方が全く違っています。西
欧では、教会などの象徴物は街の真ん中にそびえ立っていますが、
日本の神社の本尊は決まって奥まったところにあります。日本人
にとって象徴物は、奥ゆかしく存在して初めて象徴性を持つので
す。つまり、日本でのアレンジには、自然性や奥ゆかしさを重ん
じる日本人の伝統が大きく影響した結果なのです。見方を変えれ
ば、明治以来の国家あげての欧化政策の中でさえ、譲ることので
きなかった日本人の街に対する考え方の本質が、このアレンジに
現れているのです。
このように日本人の街づくりの本質をさぐり、現代そして未来の
街づくりにどのように反映させて行くのか。これが、景観工学の
一つの重要な課題です。