審査の結果の要旨


論文提出者氏名      平野 勝也




本論文はその前半で、街路イメージ形成メカニズムの理論仮説「街並メッセージ論」
を提示し,この仮説に基づく街路イメージ分析手法を提案している.後半では、この
分析手法を実際の商業地街路に適用することにより,新たな街路イメージ分析手法の
確立を試み,「街並メッセージ論」の有効性の検証を行っている.本論文の成果とし
て評価し得る点は以下のように纏められる.
(1)「街並メッセージ論」は,認知科学の知見を基に,イメージの階層構造性,沿
道建築物の内部活動情報即ち「街並メッセージ」の重要性を考察した上で,「人間の
パタン認識性に基づき,二次イメージに相当するパタン照合指標が質の異なる記号毎
の情報量で表わされる」という理論仮説として纏められている.
この理論仮説は,その全体が検証されている訳ではない点,認知科学の知見の街路認
識への適用に厳密性を欠く部分がある点に問題が無いとは言えない.しかし景観構成
要素がイメージと複雑に相関している現象を述べるに留まり,現象を統括する理論仮
説の提案さえも行われていない従来の景観分野の研究に重要な一石を投じている点,
及び街路イメージを景観構成要素から説明するといった従来の「モノ」の観点から「
情報」の観点へのパラダイムシフトを含んでおり,新たな街並研究の展開を期待させ
る成果となっている点で,極めて重要な理論的成果を提出しているといえる.
(2)次に,「街並メッセージ論」に基づく,具体的な街路についての新たな街路イ
メージ分析手法の確立を試みている.商業地を構成する各店舗ではその経営のため意
図的に街路に向けて商品、サービスに関するメッセージを発信している.まずこれら
の個別店舗を対象に,情報発信過程に基づき,店舗パタン照合の指標としての有効性
を検討した上で,「屋号」,「店外直観記号」,「店内直観記号」,「論理記号」を
着目すべき記号として指摘している.次に設定した記号分類について,実際の店舗写
真に対し,記号毎に面積を基にした情報量の代理指標を計測し,その4次元量を「情
報特性」と定義した上で,クラスター分析により「情報特性」に基づく12種の店舗
類型を導出している.これらの店舗類型及び情報特性と,被験者に対して行った店舗
のイメージ分類試験とを比較考察した結果,各店舗は,分類試験により導出されたイ
メージ平面上に,概ね情報特性による店舗類型で布置されることが示されている.さ
らにに子細に検討した結果,各記号の量により「論理記号の増加が派手さを演出する
」,「直観記号の多さが,親密感を演出する」という様に,店舗のイメージが極めて
単純に推移することを明らかにしている.
(3)第3に,街路は一度に認識できる対象ではなく,一度に認識できる「場」の認識
の時間的行動的な重ね合わせの結果認識するという特徴を指摘した上で,街路の認識
の基礎単位である「場」のイメージ分析を行っている.商業地の「場」の「街並メッ
セージ」は,その「場」を構成する店舗群によって形成されている.店舗類型毎に先
の店舗イメージ平面上の代表値を算出し,該当する「場」での店舗類型毎の存在数で
重み付けした重心及び分散を店舗群情報特性として分析の指標とした.店舗と同様,
様々な店舗群について,店舗群情報特性を計測し,店舗イメージ平面上に布置した結
果と,被験者による分類試験結果と比較したところ,その布置傾向が,ほぼ同一のも
のであることを明らかにしている.
(4)以上の(2)、(3)は理論仮説「街並メッセージ論」の検証としては当然のこ
とながら十分ではない.しかし少なくとも店舗イメージ分析手法及び店舗群イメージ
分析手法として,今までにない簡便さと被験者イメージとの明快な整合性を示してお
り,景観構成要素に着目する従来の研究に対し,より本質的な分析手法の確立への試
みとして高く評価できる.また,この結果は「街並メッセージ論」に基づく街路イメ
ージ分析手法の有効性を間接的に検証しているものと考えられる.
(5)以上の成果は新たな分析手法の提案に留まらず,街並メッセージに着目するこ
とにより,ともすれば形態の統一という画一的な整備に陥りがちであった従来の景観
整備に対し,個性的な街並及び店舗を創る自由度を担保しつつイメージの統一を図る
という、より柔軟な計画手法や設計手法への展開が可能であることを示しており,実
務的側面においても重要な成果であると評価できる.
本論文は,第一に,街路イメージ研究の新たな段階として,「街並メッセージ論」と
いう理論仮説を構築した点,第二に,景観構成要素から説明しようとする既存のイメ
ージ分析に対し,より単純な指標で,より統一的な解釈が可能となり,しかも実務的
に極めて有効な展開が可能な分析手法を,「街並メッセージ論」に基づき提案及び検
証した点で高く評価できる.
よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.